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原爆と戦争と。

8月6日と8月9日。
広島と長崎の原爆投下の日付です。

ご冥福をお祈りすると共に、核兵器がこの世からなくなればいいのに、と思わずにはいられません。

この時期になると、ニュースや特番が組まれて放送されております。
もう61年も経っているのですね。
しかし、私は体験者ではないため、その数字とテレビの情報でしか当時あった出来事を知ることが出来ません。
しかし、61年前に実際に起きていることであり、今でも放射能で苦しんでいる人たちがいるということ。
情報でのみ「知っている」自分は、果たして本当に「知っている」と言えるだろうか・・・。

修学旅行にて訪れた、長崎の原爆資料館。
子供であろうとも大人であろうとも、観る者を問わず。
そこにあるのは、ただありのままの事実だけ。
当時の自分はかなりショックを受けました。
ある赤レンガの壁にあった、人型の黒いシミ。
その人が確かに居た唯一の証。この地球上に生を受け、生きていた証。
しかし、証拠となる遺体も遺品もなく。
あの原爆投下の一瞬で、跡形も無く掻き消えてしまったということ。
せめて『影』となって、自分がいたことを主張しているようで・・・。

「いた」ことをまるで「いなかった」ことにするほどの、あっていいはずのない力。
でも、それを作り出したのは、同じ人間。

戦争映画は未だに怖くて観れません。
知らなければいけないことなのに、けれどそれ以上に怖くてしょうがないのです。
人間のキレイな部分しか見ようとしたくない自分を「弱いなぁ、都合のいいヤツ」と罪悪感を覚えながらも、やっぱり観れません。

毎年の特番を観てはいますが、まだまだ自分は「第二次世界大戦」について、知らないことだらけだったということ。
そして、今でも続く戦争の国々。交錯する上位者の思惑。苦しむ人々。

『破壊』は一瞬で終わるのに、どうして『創造』は長く時間を必要とするのか。

(今年もあったのかわかりませんが)前に起きた、記念碑にペンキ、折鶴を燃やすなどのイタズラ。
犯人は一体どんな人たちだろうか?
どうしてそういう行為を行うことができたのか?
それを見て、広島・長崎の原爆体験者の方々がどんな思いを抱くのか、考えたことはないのだろうか?

歴史を習うと、必ずいつの時代も戦争が起きている。
起こる理由も様々だと思う。
しかし、戦争が終わり、その時もきっと「二度とこんなことが起こらないように」と思っているはずだと思う。
(例外もあるかも。大昔は儀式的(占いの結果とか)にわざと起こしてる文明もあったような・・・)
けれど、繰り返される戦争。

やはりただ「知っている」だけでは無理なのだろう。
五感全てで「体験」しなければ、「知っている」とはいえない。
しかし、「戦争体験」はどうやっても現代人はできない。
(内戦中の国に行かない限り。でも、自分は絶対体験したくない)
だから、戦争の怖さも恐ろしさも私は本当の意味で「知る」ことができない。
残された手段は、情報から当時の状況を想像するしかない。
「自分だったら」と疑似体験するしかない。
(それも本当の意味での「知る」には及ばないですが)

かなり前の特番で、「戦争が起こったらあなたはどうするのか?」という質問を若者達にしていった。
一人の男性が
「愛と平和のために戦うよ」
と躊躇なく答えていたと思う。
(確かこんな答え。もっとひどかったかもしれない)
しかし、そう答えていた彼は、へらへらと笑っていた。
本当にこの人は「戦争」ということを理解しているのかと疑ってしまう。
「戦争をする」をするということは、「人を殺さなければならない」のだ。
彼は「人を殺す」ということがどういうことか、わかっているのだろうか、と。
「自分と同じ種族を殺す」んですよ?
泣いたり笑ったり怒ったり喜んだり。
「自分と同じように感情のある者を殺さなければならない」んですよ?
「殺す」覚悟も「殺される」覚悟もないままで、武器という自分以上の大きな力を携えて、彼は行くのだろうか。
それで全てが終わって「『戦争』がみんな悪い!みんな狂わせた!」みたいなことを平気な顔して言うのだろうか。
(ちょっとそれは考えすぎだ・・・)
想像すらも彼はできないのだろうか。

いくらグロい映像・画像を見て「平気な顔」ができたからといって、それは安全な場所で、視覚だけでしか捉えていないわけで。
(「平気な顔」=「「俺はスゴイ」と得意がる」)
血と硝煙の臭いを感じ、怒声と轟音を感じ、緊張感と疲労感、恐怖心を皮膚や体全体で感じなければ、ダメなのではないか、と。

「誰もが笑って生きていける世の中」。
それは理想。きっとその願いを叶えることはできないと感じる。
しかし、実現を祈らずにはいられないのも事実であり。

内容まとまってませんが、「平和」というのは本当に難しいことなのだな、と思いました。
せめて、自分の周りの人たちを大切にしていきたいと思い直しました。

(今回は、少し真面目な話でした)
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